「大切な人達をちゃんと大切にしたい。」そんなことを思う平成最後の11月。

好きだと言うなら否定しない。嫌いと言われたって構わない。
誰かの感情気にしてもしょうがない。
他人に何を思われても何を言われても聞く耳持たない。
干渉なんかされたくない。興味が無い。
孤独なまま生きていきたい。だけど一人じゃ生きられない。

        欅坂46アンビバレント

1人で行動することが好き、というより、団体で行動することが苦手な人生だった。
小学生時代は「頭が良いから」「足が速いから」という理由で修学旅行や運動会のリーダーになった。中学生時代は「誰よりも演奏が巧いから」という理由で吹奏楽の部長になった。高校生時代は「一番元気だから」という理由で文化祭と体育祭のリーダーになった。
けれどどのリーダーも、上手くいったと思えたことは無い。私が人の上に立つとどうしても蟠りが生まれてしまう気がしてならなかった。目に見える大きな失敗は無いけれど、成功と言えるものは何も無い。そこに何の感動も生み出せない。私はそんなリーダーだったと思う。


昼休みにボールを持つだけで人が集まる主人公に憧れた。学年中にシュシュを流行らせる女の子と自分は何が違うのだろうと真面目に考えた時期があった。「華がある。」そう言われる人には私はなれないな。中学1年生の時に、そう分かった。


大学は自由だった。自分で自分の居場所を選ぶことができ、誰にも縛られない。時間は無限。お金はどうにでもなった。
サークルに入らず、ひたすら1人でやりたいことをやった。リュック1つで日本一周をしたときは、お風呂に入れず苦い経験をした。


友達はいる。幼馴染から社会人になって知り合った人まで、とても大切な人達だ。数は多くない。きっと全員結婚式の披露宴に呼べる。予定はないけど。2次会は開けないだろうな。
知人から「嫌いな友達がいるんだよね」と話しを受けた。それはもう友達ではないのでは、と思った。友達の定義も色々だ。
私は自分が友達だと思っている人は全員好きだ。相手がどう思っているかは知らないが。もしかしたら私の一方通行の人もいるかもしれない。
でも、私の人生にかけがえのない人達に間違いない。


「初めまして」や「友達の友達」と言った人達と集団行動をしている自分より、自分にとっての友達と一緒にいる自分の方が好きだ。だから交友関係が広がらないのだとよく言われるけれど、私には皆がいればそれで良いと思ったりもする。
あと、キャパシティが無いので関係が広くなればなるほど、本当に大切にしたい人達を大切にできないときがある。それがいちばん苦しい。自分にもっと才があれば、と思う。


最近、この先1人で生きていくことになったら、と考えることがある。結婚の予定もまだ無いし。友達も多くないし。いざ彼等が転勤になったり、それほど頻繁に遊べなくなったりしたらどうしよう。
学生時代は、1人でも生きていくことなんてできると思ってた。お金と趣味があれば人は生きていける。本気でそう思った。でも、社会に出てみて、人間1人で生きていくことなんて不可能だな、と痛感した。自分の居場所を自由には選べないし、苦しいこと、悲しいことがずっとずっと多い。楽しいことは1人で咀嚼して生きていけるけれど、悲しみや苦しみを1人で抱え込むのは不可能だ。人と人は支え合ってできているなんて言うけれど、あながち間違っていないのかもしれない。こんな単純なことに気付くのに23年もかかってしまったな。


人生100年時代と考えると、まだまだ5分の1。
数は少なくとも、かけがえのない大切な人達に、これからもちゃんと愛を伝えていきたい。