2016年できたこと・できなかったこと

2016年も残り5日って本当ですか。いや本当に今年あっという間だったなってしみじみ思う。アイドルの脱退や解散、卒業等、あまりにショッキングな出来事が続いたからかもしれないが、昨年と比べた今年の過ぎ去る速さには舌を巻く。また、学生人生最後の年末を迎えるということは、つまりは大学生生活というモラトリアムが残り3ヵ月ということを示しているので、余計に2017年が来ないでほしいと思ってしまう。少し話が逸れるけれど、何故だか私は「2016年」を生きてきた感じがしない。危ない話をしているわけではなくて、今年1年、2015年の延長を過ごしている、という感じだったということである。例えば、就職活動中に履歴書の日付を書くとき、アルバイト中に必要なデータを集めている時、なぜか「2015年〇月〇日」と書いてしまうことが多かった。別に2015年に未練があるというわけでもないのに、脳が無意識に2016年を拒否していた、そんな1年間だった。

さて、話を戻すが、2016年も残り5日ということで、周りがクリスマスムードから一転し一気に年末を駆け抜けようとしている。私も一人暮らしながら年末を迎える準備を少しずつ始めているのだが、昨年と違って今年は学校もなく時間を持て余しているので、こうしてブログを書いて整理することにした。そう、つまりはものすごく暇なのである。まあ自己満足のブログなのでこういうときに更新しないとどんどん廃れてしまうし、来年こそ今年見たいに2015年を引っ張って生きないように、きちんと2016年にお別れを告げておきたいという願いを込めて書く。それではレッツゴー!

 

2016年できたこと①進路の決定

ライブ参戦とかアイドルに関わることも色々あるけれど、その前に自分の人生の続きをひとまず描くことができるようになったことが何よりも重要であると思い、無事に就職活動を終わらせられたことを一番に書きたい。3月から6月にかけて人生で初めての就職活動というものを経験したわけだが、今となってはかなり昔のことのように思える。話の脱線癖をここでも発揮するが、私は「何かを選び取る」ということがとても苦手だ。昔から、与えられたもの、決められた何かを淡々とこなすことが好きだった。おかげで食べ物の好き嫌いは全くないし、幼稚園に始めた習い事は6つとも全て高校を卒業するまで続けた。どれか一つに絞ろうという考えにはならなかった。部活動で投票の結果部長に選ばれた時も、人前に立つのは大嫌いだったにも関わらず、「与えられた役割」として認識すれば何とか全うすることができた。そんな自分の性格のおかげで、これまでの人生良くも悪くも無難にこなせてきたのだが、今回、就職活動で初めて壁にぶち当たった。何百、何千という企業の中から最も自分が勤めたい企業を選べ、というのは自分にとってものすごく難しい選択で、面接で「弊社でなければ駄目な理由が伝わってこない」と厳しい言葉をかけられたこともあった。こういうのをゆとりと言うのかと、テレビで良く聞く「これだからゆとり世代は」という言葉が自分に向けられているかのように感じた。そんな経験を経つつ無事に就職先は決定したわけだが、まだ働いているわけではないので、「これで良かったのか」という答えは全く出ていない。仕事内容とか福利厚生とか様々な側面があるとは思うけれど、この選択が正解だったのかというのは働いてみなければ分からないわけで、正解だったと思えるようになるためにはそこを自分の居場所にするべく頑張っていかなければならないんだろうな等と、どこかの本に書いてあるようなことを思う。とか言っておきながら、辛い辛いなどと弱音を吐いている自分が楽に想像できるのだが、とりあえず3年は頑張ってみたい、と現段階では思っている。

 

2016年できたこと②JUMP魂アリーナ席参戦

人生で初めてHey!Say!JUMPのコンサートをアリーナ席で観ることができた。これまではあの広い会場を9人が動き回る姿を双眼鏡で必死に追いかけていたけれど、アリーナ席ではその必要が全くなく、両手でペンライトと団扇を握りしめてコンサートを楽しむことができた。なるほど、この幸せを知ってしまった今なら、アリーナ席があんなにも高額で取引されているのにも納得できる。ただ残念ながら、バイト代でぎりぎりアイドルオタクができている自分はその世界にはまだ入ることはできないが。人生初のアリーナ席は私に新たなコンサートの楽しみを教えてくれたので、2016年できたことに是非書き残しておきたい。

 

2016年できたこと③欅坂46単独ライブ参戦

sosot.hatenablog.com 

今年頭の就職活動真っ最中にドハマりした欅坂ちゃん達の初の単独ライブに先日お邪魔してきた。Twitterで知り合った方に同行させていただいたのだけれど、これがまたアリーナ席の前方、かつ花道横というとんでもない神席で、可愛い女の子たちの毛穴までばっちり拝むことができた、本当に貴重な経験だった。もう本当に本当にみんな可愛くて、終わった後に「小林由依さんの前髪になりたい!!!」「土生ちゃんの可愛さが地上波のキャパオーバー!!!!」等と頭のおかしい感想しか浮かばないくらい興奮した。完全に危ない奴である。栗太郎こと鈴本美愉さんのダンスを生で観ることができたのにも感動したし、勉強不足だったひらがなけやきちゃん達の魅力をも身をもって知ることができ、本当に同行させていただいたよびりんさんには感謝しかない。あと、おこがましくも人生で初めてファンサをもらうことができた。アンコールで会場を走り回った後、ステージに戻る最中の横道で、「1+2=?」等というくだらない私のファンサ願望ダダ漏れの団扇に対し、「う~ん?」と頭を悩ませるポーズをしてくれた後に「3!」と指三本をほっぺたにつけて笑ってくれた柿崎芽実さん。一瞬何が起きたか分からなかった。それまで自分以外の9,999人に向けられていた彼女の笑顔が、急に私だけに向けられ、あの瞬間、間違いなく私だけが彼女のパフォーマンスを独り占めすることができていた、何て贅沢な瞬間だったんだ!と今なら冷静に考えられるのだが、あの時の私は「え、天使!!!!!?」としか叫ぶことができていなかった。なんて頭が悪いんだ自分。1万人のファンが各々の愛を1つの対象に向ける中(今回は32人の少女達一人ひとりだが)、幸運にもその対象を一瞬だけ独占することを許される、その時間だけは自分とその対象だけを世界に据えて物事を考えていい権利を与えられること、これが「ファンサを受ける」ということなのだということを初めて知ることができた。初めての単独ライブをデビューわずか8カ月で迎えることになった彼女達の喜びや不安、初々しさが重々に伝わってくるライブで、俄然彼女達を応援したいという気持ちが沸いた。よびりんさん、本当にありがとうございました。

 

2016年できたこと④前髪を切った

いきなり話のレベルが下がって申し訳ない。うん、そう、前髪を切った。広いおでこがコンプレックスでずっと前髪は長い状態を保っていたのだが、あるときふと「このまま一生前髪が長いままでいいのか?自分の前髪が短い姿を知っておかないまま学生生活を終わらせてもいいのか?」と誰の得にもならない疑問が沸き、もう学校にも行かないし、恥をかくとすれば社会人になる前の方がいいだろうということで、思い切ってオン眉にしてみた。しかし、ここにはある下心があった。またまた話が脱線するが、私は前田敦子さんが好きだ。中学生の頃、アイドルオタクの友人から当時まだ一期生しか在籍していなかった頃のAKB劇場の動画を見せられて以来、ずっと前田敦子さんに憧れてきた。このことについてはまた別の機会にでも書きたいが、それ以来私の髪形は前田敦子さんの真似っこをし続けている。これも①で書いた「何かを選び取ることが苦手」という性格の延長なのかもしれないが、何か指標があるととても楽だということをこれまでの人生で学んだので、賛否両論あるだろうが髪形は10年間ずっと前田さんの髪形を真似ている。ただ、前田さんが女優業に専念されてからは役作りの度に髪形が替わるのでそれが難しくなってきているが、前髪だけは何とか追随することができていた。しかし、事件が起きたのは今年6月頃、「毒島ゆり子のせきらら日記」の放送が終わった直後の彼女の姿を見た時だった。インスタグラムで前田敦子さんの写真を検索していると、新しいアルバムのリリースイベント時の写真があがっていた。日程が合わず残念ながら参加できなかったそのイベントでの前田さんの姿を見て、私は目を見開いた。前髪が眉上という短さになっている。嘘だろ、と携帯を持ちながら唸った。まずい、約10年間ずっと前田さんの髪形をベースに自分の頭を設計してきたのに、ここでまさか自分のコンプレックスと向き合わされる事態になるとは思わなかった。「あっちゃん!!!」と前田ファンを辞めるかどうか悩んだ程だ。前田さんからすれば「知らないよ」という話である。しかし、ここで浮かんだのが上述した疑問だ。こんな機会でもなければおそらく一生このコンプレックスを放置したままだろうな、と思い、切ってみることにした。単純である。携帯の画面の向こうで笑っているあっちゃんはオン眉の前髪がとても似合っていて、もしかしたら自分も似合うかもしれないなんて自分の顔面偏差値の低さをすっかり忘れ浮かれながら、いつもの美容師さんの元へ行った。いざ切ってみると、なんてことない、平凡な顔がそこにあった。ずっとコンプレックスだった自分のおでこの広さもさほど気にならず、これまで悩んでいた時間が馬鹿馬鹿しく思えた。また、前髪を切ることで人の目に触れる顔の面積が増えたので、これまでと化粧の仕方を変えてみたののだが、その結果、「顔が明るくなった」と意外な評価を得ることができた。以来、調子に乗って前髪を短いまま保っている。10年大切にしてきた長い前髪への愛着が自分にそれほど無かったことに少しショックを受けたが、アコムCMで前髪の短い可愛らしい前田さんの姿を見る度に、誠に勝手ながら毎回感謝している。

 

2016年できたこと⑤引っ越し

つい先日引っ越しをした。人生2度目の引っ越しだった。きっかけは同居人と別々に暮らし始めたことだ。2人で住んでいた家は1人で生活するには広すぎるし、3年間家具が置いてあった場所に日焼けの痕をみると何だが家に申し訳ない気持ちが沸き、思い切って引っ越すことにした。名残惜しい気持ちはあったが、就職先の会社の近くに越すことができたので今となっては良い選択だったなと思う。3年ぶりに引っ越しを経験して、改めて私達は良くも悪くも契約に縛られているのだなと感じた。何をするにも誰がその責任を負っているのかを明らかにしなければならないルールを窮屈だとも思ったが、それがあるから何か問題が起きたときに救われることがあるのだなと改めて思い知らされた。また、前回の進学のための引っ越しと異なり、今回は私が成人済みということから、色々な契約書に自分の名前を書いたのだが、サイン・捺印をする際、その契約書の内容に「怖い」と躊躇することもあった。こうやって段々と歳を重ね、いつの間にか「大人」になっていっているのだと気づかされた出来事だった。ただ自分の居場所を新しくデザインするという行為は新鮮で楽しく、その時抱えていた悩みを「なんだこんなことか」と捉えることができたので、経験しておいて良かったなと今は思える。

 

2016年できなかったこと①50冊読書

ここからは2016年にできなかったことをつらつら書いていく。まず1つ目は、「1年間で50冊本を読む」という目標が達成できなかったことである。小学生の春休みの宿題みたいだなと友人には笑われたが、就職活動をしているとすっかり意識が高くなってしまい、「学生のうちに何かやっておきたいな」と大二病を発症した。けれど、そこで「世界一周」や「留学」という結論に至らず、お金と労力をそれほど要さない読書に落ち着く当たり、どこまでも自分に甘い人間である。日頃から本は読む人間だったので抵抗なく取り組めたのだが、具体的な目標冊数を決めたのは初めてだったので新鮮な気持ちで臨むことができた。結果、2016年本日まで読んだ本は46冊。微妙。どうせなら30冊とか25冊とかだったらすんなり諦めがついたのに、残り4冊と言われると頑張って目標達成してみたくなるではないか。2016年も今日を入れて残り5日。11冊。不可能ではない。

 

2016年できなかったこと②コンスタントな「真田丸」の消化

これ。本当にこれ。私の昔からの悪い癖で、大河ドラマを撮り溜めてしまうという癖がある。バラエティやドラマはできるだけリアルタイムで追いかけたいからちゃんと毎週録画であっても消化するのだが、大河ドラマだけはどうしてもマメに消化することができず、結局どこかのタイミングで一気見するか、諦めて全部消してしまう。なぜこうなるかというと、バラエティや連ドラと違って、大河ドラマは集中して観たいという気持ちがあるからである。つまり、流し見をすることができない。これは、登場人物が多いうえ、頻繁に起こる裏切りや複雑な策略などは、流し見で音声を聞くだけでは理解が追い付かないということが多々あるからである。また、私自身が学生時代日本史オタクだったこともあり、1時間ずっと集中してのめりこんでしまうのだ。結果、日常生活の中で優先するのは流し見できるドラマやバラエティ番組になってしまい、大河ドラマは後回しになり、録画が溜まっていってしまう。今年の大河ドラマ真田丸」は、それこそ初めは頑張って消化していた。しかし、昨夜勇気を出してHDDを見てみると、まさかの6話から全く消化しておらず、自分の三日坊主具合に呆れた。こればっかりは残り5日では達成困難な気しかしないので、来年の新しい大河ドラマが始まる前になんとか終わらせたい。

 

2016年できなかったこと③月1でブログを書く

自己満足で始めたブログだが、やるんだったら月に1回は必ず更新しようと思っていた。紙の日記帳はほとんど毎日続けられているのだから、月1の更新なんて簡単なものだろうと高をくくっていたが、今日、自分の更新履歴を見て愕然とした。ひどすぎる。自虐の意味で思わず笑ってしまった。就職活動で忙しかったという理由を差し引いても、これはひどすぎる。2017年は何とかマメに更新したいけれど、②の大河ドラマからもわかるように、自分の性格からしてマメに何かを続けるということは苦手なようなので、正直望みは薄い。

 

以上、2016年できたこと、できないことでした。気づけば6000字も書いているが、「できなかったこと」に関しては臭い物に蓋をしまくっているので、本当なら1万字くらいいっていたということになる。年末にして、これまでこなしてきた大学のレポートよりも長い文章が書けたことは自分を褒めたいが、卒論を書いている友人等のことを思うと頭が上がらない。2017年はちゃんとまっとうな生活が送れますように。