堂本光一さんの『エンターテイナーの条件』を読んで

「エンタテイメント」という言葉を初めて耳にしたのはいつだっただろうか。アイドル好きになり、「経済」とか「数学」等の単語を覚える前に「ショー」「ライブ」「コンサート」という専門用語を先に覚えてしまった自分が、それらが全て「エンタテイメント」という単語に集約されることを知ったのは高校生の頃だったと思う(遅い)。さらにその「エンタテイメント業界」に多種多様な仕事があるということを知ったのは、就職活動を始めたつい最近のことだ。そんなことも知らずに今まで堂々とジャニオタと名乗っていたのかと思うと本当に恥ずかしくて、穴があったら入りたいというより、地下深く穴を掘ってもう二度と地上に出たくないという気持ちになった。でもジャニオタは辞められない。いや、いつかは卒業しなければならない時が来るかもしれないけれど、それは今ではない。就活中にはジャニーズ摂取しなければ死んでしまうことは身に染みているので、とりあえずまだジャニオタであり続けるため、「エンタテイメントを1回基礎から勉強しなくては!」と決心した。(いやいや就活しろよというツッコミありがとうございます。)

そんなとき手に入れた堂本光一さんの『エンターテイナーの条件』。時間が無い中で死に物狂いで読んだ。帝国劇場での『SHOCK』を観に行ったことがあったので内容が頭に入ってきやすくて読みやすかったこともあるが、それ以上に、技術面だけでなく「座長としての在り方」という精神面の話もあり、就活中だけど読んでよかったな、と思えた本だった。今回は3つの観点から感想を書いていきたいと思う。

 

①作り手と受け手の感じ方の違い

ジャニーズのDVDを鑑賞していると、どうしても不満を持ってしまうことがある。それは、カメラワークだ。いわゆるカメラに「抜いて」欲しい箇所と、実際DVDに収録されている箇所が異なると、私は非常に残念な気持ちになる。それが実際に足を運んだコンサートならなおさらで、「ここがもう一度観たかったのに!」と勝手に悔しがってしまうのだ。

しかし、この意見を諭すかのように、本中ではこう述べられている。

「僕は、空間全体としての“ハコ”を単位に作ってるつもりなので、むやみに寄られちゃうと、意図が全然見えなくなっちゃいます。」

なるほどな、と思った。ステージの作り手である演者は、観客全員に対して最高の空間を提供しなければならない。例えば、モチベーションの対象がアリーナ席の観客だけならば、その他大勢のファンの心を掴むようなステージ創りはできないだろう。嵐の松本さんの「俺ら5人で5万5千人を幸せにしてやるよ。」という言葉にあるように、演者は「観客全員」を魅了する「義務」が課せられている。そのため、どの角度から見ても、中央のステージが輝いて見えるような工夫がコンサートには散りばめられているのだ。ちなみに、光一さんの場合は「あかり」「ライト」がその役割を主に担っていて、そのため自然光が介入する野外ステージではライブはできないのだと述べられている。

一方で、各観客は演者だけに目を向けているケースが大半だと思う。私もその一人だ。ステージ全体よりもむしろ、メンバー達のパフォーマンス姿や、メンバー同士でわちゃわちゃする姿に目が行ってしまう。だから、遠い席になってしまった場合にはオペラグラスを持って行ったり、必死にスクリーンに目を向けたりしている。しかし、本中ではこれには賛同できないという意見が述べられている。「全体で勝負」しているという彼の主義からすると、空間の中から一点だけを切り抜くような行動はあまり好ましくないのだろう。だから、ソロコンや舞台のDVD編集には必ず参加し、意見を出し合うというのだ。おそらく編集者達は、ファンのニーズを満たそうと各メンバーの「寄り」を使用する傾向にあるのだと思うが、作り手である光一さんはそれに異議を唱えることが多いという。こうして、時間をかけた「作り手の意図と受け手の意図がマッチングする点」の模索作業を経て、その空間全体を楽しめるようなDVDが私たちの手元に届けられるのである。

なるほど、確かにメンバーの顔しか観ることができないような映像では、何のために毎年タイトルを変えてコンサートやツアーを行っているのか分からなくなってしまう。コンサートタイトルが変わるからには、「今年はこのテーマの下でこんなことがやりたい!」という演者の意図が少なくともあるはずで、それがあるから私たちファンも「次はどんな物語を魅せてくれるのか。」と期待するようになるのだろう。次回からのコンサートでは、どんな席になったとしても、まずは「全体を楽しむ」努力をしなければならないなと感じた。

 

②座長としての在り方

就職活動をしていると、いわゆる「リーダー論」の話をされることが多い。先日の講演では、リーダーと呼ばれる人達は、「全体を支えるリーダー」と「全体に支えられるリーダー」という2種類に大きく分けられると述べられていた。簡単に言えば、前者は「この人についていきたい」と思わせる人で、後者は「この人を支えてあげたい」と思わせる人だという。両者の詳しい違いはここでは割愛するが、今回の『エンターテイナーの条件』で語られていたのは前者の「全体を支えるリーダー」だったと考える。

光一さん曰く、座長として大切にしていることは「一緒に働く人を信頼するということ」だという。「人から信頼されると、“信頼された”という責任感が生まれ」、結果、良いものを生み出すことができるようになるというのだ。しかし初めからこのような考えを持っていたわけではなく、20代の頃はトラブルが生じると「俺は頑張っているのに何でそんな抜けが出てくるんだ」と思ってしまっていたという。それが変わったのは、周りを見て、周囲に対して「安心感、信頼感を持つことによって、自分の中に驚くほど余裕が生まれたことを実感できたときだというのだ。自分で全てを背負いこんでも、それは自分の容量を削ってしまうだけ。人には得意・不得意というものがあり、それを両方こなそうとすると、必ずどこかで余裕がなくなる。負けず嫌いのストイックな人だったらなおさらだ。そうではなくて、仲間を信頼し、自分の不得意を得意とする人に託すことで、託された人も「信頼された喜び」と「責任感」を手にすることができる。そうした好循環があって、チームは良いものを生み出せるのだ。

この考えを読み、あぁ、私はダメなリーダーだったなと反省してしまった。私は中高時代の部活動で部長を務めていたのだが、大会で一番良い成績を残すことができたにも関わらず、「チームとして上手くいった」と実感することは少なかった。それはきっと、私が一人で頑張ろうとしていたことに原因があるのだろうなと気づかされた。もし今もう一度部長を務めることができるのであれば、70人の部員をちゃんと見て、個人個人が何ができて、何ができなかったのかをもっともっと知ろうとしたかったな、と今更ながら思った。

 

③「魅せる」ために大切なこと

冒頭で「エンターテインメントについて勉強する!」という目標を述べたと思うが、それがここに集約されているのではないかと思う。結論から言うと、光一さん曰く大切なのは「その時にできる最善の策を模索し続ける」ということだ。

エンターテインメントという夢と感動を提供する仕事であっても、そこには必ず「金・時間・もの」の限界がある。さらに、あらゆるものに対する社会的規制が厳しくなっている近代では、その社会的ルールにはみ出さないことが何より求められている。そのため、様々なことに挑む際に、「実現可能性」という言葉がついて回るようになったと思う。私自身、新たなことを始める際には、まず時間とお金のことを考えることが多い。

しかし、それではエンターテインメントを成功させることはできないという。大切なのは、「まず、とんでもないことでもいいから、頭に浮かんだことを臆せずそのまま掲げてみる」こと。そして、その理想に近づくために「限られた予算、限られた時間、限られた条件下で、いかに工夫するか」に注力することが、人々を魅了するステージ創りへの重要な鍵となるのだという。つまり、「これがやりたい!」という理想をぶらすことなく、「じゃあその理想に近づくためにはどうすれば良いのか。」ということを考えていくことが重要なのだ。何事にも保険をかけておかなければ気が済まない性格の自分であるから、読み終わった後、頭を叩かれた気持ちになった。『SHOCK』を観てから時間がかなり経ってしまったが、「逃げるな!」というコウイチの声が聞こえてきた気がした。

 

長々書いてしまったが、本当はまだまだ書き足りないくらい、この本からはたくさんのことを学んだと思う。作り手側の考えをこんなにも多くの文量で知ることができる機会は今までなかったので、自分がこれまで想像でしか補えていなかった部分を、一から整理して読むことができた。「これがジャニーズイムズ!」という帯の言葉通り、少しではあるかもしれないが、ジャニーズが私達ファンに見せたいものについて理解できたように思う。就職活動のためいつになるか分からないが、次の現場ではそのような意図をくみ取った楽しみ方をしてみたい。そうすれば、また違った物語が見えてくるのかもしれない。